失われていった「歴史」

もちろん「裸の王様」にもそれとしてのリアリティーはある。事実その後のキリスト教はそのようなリアリティーをイエス=キリストに与えてきた。お金が「信用」によって支えられているように、イエス=キリストも人々の「信仰」によって支えられているのは確かである。だがイエス=キリストを根本から成り立たせているのは「歴史」である。「歴史」なしには、イエスとキリストとは結びつかなかったのであるから。しかしその「歴史」は教会の発展にともなって失われていったのである。