バルト批判

小田垣の観点から見たバルト批判の根本は、結局「史的批判的研究の余地は全くない」(第1部第2章「弁証法神学の閉鎖性」)という言葉に尽きる。つまりバルトもナザレのイエスを見ていない。その点で、かれの神学には歴史性が欠如している。「史的イエスへの関心は、結果として彼の神学体系を破る」(同前)とは、バルト神学が史的イエスに由来する出来事性という重要な契機を欠いていることを示している。