神が実在しようが非在であろうが、「神」という言葉(概念)はある。その場合、神が非在にもかかわらず、「神」が在ると言うのであれば、その神はフィクションであろう。まるで竜か麒麟のように。だが神が実在するとしても、言葉によって捉えられるのであれば、それはフィクションと変わらない、というところが肝心である。人間は、言葉なしに生きることのできない存在である。神という対象も、「神」という言葉(概念)なしに捉えることは不可能である。実在する神でも、本来的にフィクションであるところの言葉によって(言葉において)把握されるのである。
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